進級にあたって、2歳児クラス(ほぼ3歳)などはそろそろ箸に興味を持っている子もいるし、箸を持たせたほうがいいのでは?という考え方の先生も多くいらっしゃると思います。みなさんは、子どもたちの箸はいつから持たせるのが正解だと思いますか?・・・今回も、はぁもにぃ保育園の事例をもとに、食べることの原点について考えていきたいと思います。(はぁもにぃ保育園 園長 山下真由美)
ある日の進級にむけての会議の中で
A先生
先輩B先生
※逆手持ち: 掌を上に、下から握ること。
3点持ち:親指、人差し指、中指の3点で持つこと。
A先生
先輩B先生
A先生
先輩B先生
A先生
A先生は、「はい…」と言っていましたが、どうもその表情は、納得していたり、腑におちていたりという様子ではありませんでした。
あとから話をきくと、A先生は先輩の目や、担任としてさまざまな不安から、あせっていることがわかりました。
園長である筆者
A先生
筆者
A先生の思いを受け止め、3歳までに箸を持たせることが必須でないことは、伝えました。
箸を持てる発達段階は子どもそれぞれ
結論から言えば、箸をいつから持たせたら正解という答えや決まりはありません。子どもの箸が持てる発達段階とやる気がそろっていることが、とても大切です。
むしろ3歳から5歳の間は食事を楽しむことを一番大事にして、卒園までに箸を持てるようになる、くらいの気持ちで援助していけば良いでしょう。
箸を持つ動作は親指、人差し指、中指の3本のみで2本の箸を支えるため、簡単なようで意外と難しいのです。指自体の筋力やバランス、手首をスムーズにまわすなどの力も備わっていないと、しっかりと箸を持てているということにはなりません。
市販の矯正箸は2歳頃から使用する製品もあり、ご家庭で使用されていることも多いと思います。また、この頃から自我が急激に芽生え始めるので、ご家庭で、お父さん、お母さんのまねをしたくて「箸を持ちたい!」という子もいるでしょう。
しかしながら、手や指の発達が十分でないと、箸を持つことに苦痛を覚えて握り箸になってしまう可能性もあります。持ち方を注意されてばかりだと、そもそも食事が楽しくなくなります。また、間違った持ち方で箸を使い続けて大人になっても、個性的な持ち方をしている人も少なくありません。
段階的に丁寧な援助が必要
箸が持てるようになるには、段階的に丁寧な援助が必要です。以下で、順番に紹介します。
(ステップ1 手づかみ食べ)
目安として、まずは、離乳食の後半(9か月)頃から充分に手づかみ食べをすること。子どもは手づかみ食べをすることで、自分の一口の量を知り、その食べ物の固さなどをつかむつかむことで感覚的に学びます。ぐちゃぐちゃになったり、食べものが沢山こぼれていたりして、遊んでいるように見えても、これが食事への興味関心を持つ段階でとても大事なプロセスです。柔らかくゆでたニンジンやダイコンやきゅうりなどを、食べやすくスティック状にして、薄い塩味で素材の味や感触を味わいながら食べさせてあげましょう。
離乳食が終わっても、1歳から2歳の間も食事内容によっては、手づかみ食べを好んでいるようなら、無理にやめさせなくても大丈夫です。カレーや麺類はスプーンやフォークを使った方が食べやすいでしょうし、一緒に食べている家族や友だちがスプーンやフォークを使っていたら、必ずそちらに興味がわいてきます。
(ステップ2 スプーンとフォークを使う)
手づかみ食べが上手にできるようになって、スプーンやフォークに興味を持ち、上から握って持てる握力がついてきたのを確認しつつ、スプーンやフォークを使っていきます。保育園で使用している乳児用のスプーンは、持ち手が握りやすい形状で、カーブもゆるく、口に食べ物が入れやすくなっています。
(ステップ3 箸を使う)
2歳後半や3歳になって、箸に興味を持ちはじめたら、いきなり持たせず、スプーンやフォークの逆手持ちや3点持ちをして、食べられるかをみていきます。同時に、おもちゃなどで箸を使ってみたり、少し太めの鉛筆を持ってみたりするのも練習になります。それが2本になったのが箸なので、基本的な持ち方は鉛筆の持ち方を先に練習してからの方が良いでしょう。保育園では、そうめん流しごっこで毛糸をそうめんにみたてて箸ですくう遊びをしながら、箸に親しんでいきます。そこで、持ち方などを丁寧に伝えていくきっかけにします。
なぜ遊びの中から始めるかというと、本人が「持ちたい!!」という気持ちは尊重しつつも、「持ちたい!」という気持ちと「持てる」という発達は別ものだからです。上手に食べ物をつかめなかったり、持ち方を注意されたりすると、食事への意欲と直結して、とたんに食べなくなる子もいます。以前にも書いたように、食事はあくまで、楽しい雰囲気の中でおいしく食べるものです。本人の発達的にも能力的にも箸を持つタイミングかどうかを見極めてから、実際の食事で導入する必要があります。導入しても、最初の何分かにして、疲れる前に、「スプーンやフォークで食べてもいいんだよ」、と伝えた方がよいでしょう。最初から、フォークもスプーンも出しておいて自分で食べづらいと感じたら、切り替える子もいます。
食事は個人の価値観が色濃くでる瞬間
前回の「果物は最後に食べるのが正解?」にも書きましたが、保育者自身が育ってきた成育歴の中で、培ってきたあたりまえの食事の価値観(思い込みや信じている概念)は、それぞれの保育の中で当然出てきます。それは、保護者自身にもあるものです。自分が箸を2歳や3歳で持てていたという経験があれば、我が子も同じくらいに持てるはずと思うのは当然です。また子育て経験のない若い保育者であっても同じように、自分自身が育ってきた成育歴の中や先輩からの指導が、自分の保育観に大きく影響します。
保育園という集団の中で、「みんな一緒に…」という考え方は、まだまだ強い部分もありますが、個々の子どもたちの発達はまったく違います。一人ひとりの心と身体の発達に丁寧に向き合ってこそ、質の高い保育と言えるでしょう。個々の保育者たちの価値観や子どもへの見方が違っても、クラスミーティングなどですり合わせ、子どもたち一人ひとりの援助の仕方を対話できる時間をつくりたいものです。
「保護者から何か言われたりしたらどうしよう…」と、心配なこともあるかもしれません。箸を持たせることに焦っていたり、心配していたりする保護者には、「卒園までに箸が持てたら大丈夫ですよ。園では、箸に興味を持てるようにおもちゃやごっこ遊びの中で持ち方など練習しています。お家では、お箸は本人が持ちたい時だけで、フォークやスプーンで食べていても大丈夫ですよ。家族との大切な時間ですから、楽しく食べることだけ大事にしてくださいね」と伝えてください。
とかく、急いで人より先に習得できたり、みんなと同じことができるようにさせてあげたいというのが親心かもしれません。でも、その子のペースで、時にゆっくり進んでいくことを選択できるよう、わたしたち保育者はいつも子どもたちの良き理解者であり、代弁者でありたいものです。
【山下真由美】 板橋区認可保育園・はぁもにぃ保育園園長 / 保育コミュニケーション協会 認定ファシリテーション講師 保育士の為の新人教育、メンタルケア、チームビルディング研修など講師としても活躍中 (イラスト はぁもにぃ保育園・栗林実花)
<編集協力・松原夏穂>