保育士といっても様々なキャリア、転職経験を持つ方がいます。今回、お話を伺ったのは、明子さん(2020年現在35歳、仮名)。大学卒業後、保育園に勤めた後現在は放課後等デイサービスに勤務。保育士資格、幼稚園教諭一種免許状、さらにベジタブル&フルーツマイスター(現、野菜ソムリエ)、ヨガ講師の資格をお持ちです。(ライター・松原夏穂)
保育士を目指したきっかけ
「12歳のとき、交通事故で母が亡くなったんです」
保育士を目指したきっかけを伺ったときに、最初に出てきたのがこの言葉でした。保育士をしていた母親の葬式には、約2000人が参列。その中には当時保育を担当した子ども達も大勢いました。「先生のおかげで、大きくなれました」と言われた方も。
そんな経緯から、周囲も父親も明子さんが保育士になることを期待するようになりました。それまで考古学者になりたいと思っていたけど、保育士になるのかな?と考えるように。
高校3年生になり、進路について考える時期がやってきました。父親は母親が卒業した地元の短大に進学して欲しかったよう。しかし明子さんは、大学に行きたい、地元を出たいとの思いがあり、関東の大学に進学しました。
児童学科に進み、4年のうちで保育士になるかじっくり考える予定でした。しかし、4年生まで単位取得のための授業があり、それ以外に実習や幼稚園教諭一種免許状を取るための勉強や海外研修と忙しい日々で、迷う間もなく卒業後は保育の道を選ぶことに。
ちなみに友だちの中には、実習を経て「保育士は向いていない」と企業就職した人もいました。
福祉団体に就職、保育士と療育センターで勤務
大学卒業後は、保育に力を入れるという福祉団体に就職。
勤務した保育園は、公立保育園を民営化した保育園。民営化に反対する保護者もいて、落ち着くまでは緊張しながら勤務していました。
保育自体は楽しく、1、2年目は1~2歳児をそれ以降は、5歳児まで広く担当。しかし、仕事に慣れてくると、「これが本当に私のやりたい仕事なのか?」と疑問に思うようになりました。
そんなころ、園の食育担当に。野菜の種類などもよく分かっていないのにと思い、ベジタブル&フルーツマイスター(現、野菜ソムリエ)の資格を取得。保護者向けの食育の見直しのリーダーとなり、発表などを行うようになりました。
梅雨のある時、目にしたのは園庭で遊べず屋内で退屈していた子ども達。ホットヨガを習っていたので、試しにポーズを一緒にやったら楽しんでくれました。それを機に、ヨガインストラクターの養成講座を取得しました。
あるとき父親から「お母さんは、『保育士はエンターテイナーだ!』と言っていたよ」と教えられました。その言葉は心に響きました。
「保育の仕事を続けていく上で、『保育士の資格だけではダメなんだ!強みを持って、子ども達を楽しませよう。今まで自分には特技はないと思っていたけど、ベジタブル&フルーツマイスターやヨガの資格は、私の強みだ』と、気づきました。子ども達が教えてくれたんです」
この保育園には5年勤務した後、異動しました。
新設保育園、地域療育センターを経験
異動先は新設の保育園で、その立ち上げでメンバーとして勤務しました。以前の保育園はこれまで行ってきた保育を「継承」していくものでしたが、今回は1から作り上げること、園のカラーを出すことが求められました。
ここに2年勤務した後、地域療育センターに異動しました。これも公立から民営化になった際の立ち上げに関わりました。急な異動で全く経験のない部署でした。
(注)療育センター 障害のある子どもに対して、それぞれに合った治療・教育を行う場所。相談支援、外来診療による訓練、未就学児の通所施設などがある。「療育」とは「治療」と「保育・教育」を合わせた言葉。
担当したのは地域療育センターの中でも、通園型の施設。幼稚園や保育園の代わり、もしくは併用して親子(時期によっては子どものみ)が通い集団療育を行います。
あるときママの一人が、明子さんがヨガをやっていることを聞きつけて、「ヨガを教えて欲しい」とリクエストをしました。親子分離の時間を利用して15分程教えました。終わった後、ママ全員が泣き出したのです。驚いて話を聞いてみると、
「同年代のママは幼稚園に預けている間は自分の時間が取れるのに、私達は子どもといつも一緒にいないといけない。今日は自分のための時間が作れてうれしいです」
その後も時々ヨガを教えたのですが、回を重ねるごとにはママたちの笑顔が増えました。これ以外にも、療育を通していろいろなことを知りました。
義務教育なのに小学校の入学が一苦労(最終的には、どこかに入学できるが、希望の支援学校や支援学級に入れないことが多い。3月にようやく決まることも)。病院も他の患者やときには病院側から嫌がられることもあり、特定のところにしか行けない。おとなしく座っていられないので、美容院に連れて行けない。3か月1回無料で訪問理容があっても、あっという間に満席になる。
1年の勤務でしたが、多くのことを学んだ貴重な場所でした。「保育士も、これからは『療育』を学んで欲しいです」とアドバイスされました。
転職1 外国籍の子ども、貧困層の子どもの保育に興味を持って
新卒から8年間勤務した福祉団体ですが、療育センターを最後に退職。転職を決意します。
転職の理由は、「新規立ち上げに長く関わっていたため、一度落ち着きたかったんです。他にも、外国籍の子どもは日本でどのような保育を受けているのか、また貧困層の多い保育にも関心がありました」
保育士向けの転職サイトなどで転職先を探し、私立保育園に正規職員として勤務しました。しかし、保育に関する考え方が合わず4か月で退職。
勤務しながら転職先を探していたところ別の私立保育園のウェブサイトを見つけ、連絡するとすぐに採用されました。
ここで配属されたのは、低所得者層の地域にある私立保育園。園児の90%が外国籍でした。日本の保育園なので、保育内容は日本に即しており、七夕やひな祭りなどの行事も行いました。とはいえ、日本語が話せない保護者も多いので、2クラスに1人の割合で語学が堪能な保育士がいました。
家庭に「〇〇を持ってきてください」と言っても用意できないことが多いので、エプロンやお手拭き、寝具類なども保育園で用意していました。
「皆が同じお金を持って、保育ができるわけではないことを知りました。ママたちはたくましくて、子どもが少し傷を作ったくらいで文句を言いませんでした。昔の日本みたい(笑)。子ども達は保育園では日本語だけど、家庭では母国語も耳にするため1歳で言葉が出ないことが多いです。でも、1歳後半になると一斉に話し出すバイリンガルです」
外国籍の親子の生きる強さを感じた、1年5か月でした。
転職2 異種業、放課後等デイサービスへ
ある日、商業施設で、療育センター時代の保護者に偶然出会いました。「子どもが通っている放課後等デイサービス(注2)の社長に是非会って欲しい」と言われました。
(注2)放課後等デイサービス 6~18歳の障害のある・または発達に特性のある就学児童や生徒が、放課後や夏休みなどの長期休業に利用できる福祉サービス。
保育園での仕事は充実していましたが、一つの仕事をしていると世界が狭くなることは、感じていました。さらに、療育についてもう一度学びたいと思っていたので、社長に会った後、その熱心さに惹かれそのまま転職しました。
保育士から、児童発達支援管理責任者・教育管理者・マネージャーの立場になりました。
最初は既存の教室で勤務しましたが、新しい教室の新規立ち上げにまた関わりました。この職場で良かったことは、利用児の保護者がスタッフとして働くことを勧めていたこと(全体の4割)。また、残業が当たり前の保育の世界に対し、ここは残業禁止。スケジュール管理を学びました。
そのうち、新しい場所で1から立ち上げたいという気持ちが強くなり、転職を考えるようになりました。
転職3 現在の放課後等デイサービスへ
そんなとき、ヨガを通じて知り合った友人が、放課後等デイサービスを新たに立ち上げることを知り、それに協力すべく転職。物件探しや役所への提出資料作成など、1からではなくゼロからの立ち上げでした。現在も、児童発達支援管理責任者として勤務しています。ここで結婚、妊娠・出産を経験し、育休を経て復職しました。こちらも残業がないため、ママになっても安心して働けます。
「放課後等デイサービスと保育園で決定的に違うことは?」の質問に、「高校生まで利用するので赤ちゃん扱いはできないことです」とキッパリ。「その年齢に合った言葉使いで対応するので、『マジで~?』(笑)みたいな、軽くて今風の話し方をすることもありますよ」
「今後また、保育士の仕事に戻ることはありますか?」との質問には、「また保育士の仕事がやりたくなるかもしれないです。でも今は、放課後等デイサービスで発達障害のある子どもたちと関わっていきたい。そのときに学びたいと思ったものを大切にしたいです」
転職を考えている人へのメッセージ
最後に、明子さんから、転職を考えている方にメッセージを頂きました。
「『〇〇したい』『△△になりたい』と、学びたいと思うことを掲げてください。何となく働いていると、トラブルがあったときすぐ辞めたくなります。目標があれば『あと1年は頑張ろう』と思えます」
「『保育士はエンターテイナー』です。そのためにチャレンジする心を持って欲しいです。楽しいことがあれば、悲観的になりません」
「大切なのは、資格より経験。私の頭の中には、これまで関わった何百人の子どものカルテがあります。新たな子どもと出会ったとき、『あのときの○○ちゃんと似た行動をするな』と参考にできます」
「有給休暇はしっかり取得してください。正直周囲からは嫌がられたけど。しっかり休んでしっかり働く。大事です!」
「何となく」保育士になった明子さんだからこそ、目標を持つことの大切さや楽しさを、身をもって感じられています。
「保育士はエンターテイナー」。心に響く言葉です。形を変えても、子どもに関わり続ける明子さんを、お母様は空の上からうれしそうに見られているでしょう。
明子さん、貴重なお話をありがとうございました。
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