連載「本音で語る、保育園のほんとの話」(第11回)
保育園の危機対応アドバイザー・脇貴志
台風、大雪などはある程度、来ることが予想できる災害について、最近は電車が止まったり、会社が休みになるものですが、保育園が臨時休業になったという話はあまり聞きません。今回は、「タイムライン」についてお話ししましょう。大型台風が近づいているときに、開ける保育園と閉める園のどちらが信頼できるのでしょうか?
災害が起こりそうな時に、事前に行動を告知
現在、日本の災害対策は、国土交通省を中心に突発型災害(地震や噴火などの予測ができない災害)よりも、進行型災害(水災害、雪害や遠地津波災害などある程度予測ができる災害)への対策を優先的に確実にしていく方向に転化しています。これを国交省は「先手防災」といっています。この先手防災の中心となる考え方が「タイムライン」です。
タイムラインとは、災害の発生を前提に、防災関係機関が連携して災害時に発生する状況をあらかじめ想定し共有した上で、「いつ」、「誰が」、「何をするか」に着目して、防災行動とその実施主体を時系列で整理した計画です。(国交省「タイムライン」より抜粋)
私がこの原稿を書いているのは、8月15日13時15分の博多で、ちょうど台風10号が通過している最中です。台風10号が発生してから、通過するまでの各所の対応もタイムラインにしたがって今回も行われています。ANAは8月12日に、「台風10号による運行への影響について」というお知らせをHPに掲載しました。
「気象庁ホームページによりますと、台風10号が今後日本へ接近する予報です。ANAでは、最新の台風の進路、速度を精査し、台風により運行への影響が予測される空港を、運航日の2日前(18:00)を目途に決定しています。決まり次第、当ページにてお知らせします」(ANAHPより抜粋)。
この予告通りに欠航や条件付きフライトになる可能性の便を予約している顧客にメールを送り、予定の前倒しか、延期の決定を促し、当日、空港に行ってみないとわからないという状況を事前に回避しています。これが社会に浸透しているタイムラインです。
もちろん、他の航空会社もJR各社も導入しています。最近では、ショッピングモールなども導入しているところがあります。山陽新幹線は8月14日の時点で、15日の運行見送りを決定したので、14日の博多駅はUターンを前倒しにした乗客でごった返しましたが、15日に大きな混乱はありませんでした。
つまり、タイムラインとは、災害がもっともひどくなる時間帯にわざわざ人を集めるようなことをして、2次被害が大きくなるようなことを避けようという考え方なのです。
社会の流れに逆行している行政
このように社会はタイムラインによって、「進行型災害のときには無理はしない」という方針で、公共の交通機関も止めるようになりました。昨年は、山手線も止まりました。その流れに真っ向から逆行しているのが、保育を管轄している行政です。
だいたい、進行型災害のときにも行政は、保育施設に対して、「保育施設は就労支援施設の役割も担っているのですから、開けてください」と迫ってきます。これは、考えてみれば「わざわざ避難させづらい園児を1ヶ所に集め、災害がひどくなったら園内にいる少ない職員で何とか安全を保証してください」という無理難題なのに、それを押し付けてきます。
さらに、施設運営者側にも時代に取り残されている方々がいて、「災害のときこそ開けるべきだ」、「社会福祉とは、困った人を助けるのが目的なのだから、困難なことにこそ挑むべきだ」というドンキホーテみたいな行動をとりがちです。この方々は、災害対策にタイムラインが一般化していることなど勉強すらしていません。
この2つのことから、保育施設が地域社会の中でタイムライン防災から取り残され、地域社会の中で、唯一、先手防災できていない場所になるのも時間の問題でしょう。そして、その施設の中には、災害弱者である乳幼児しかいないのです。したがって、何かがあった場合には、甚大な人的被害を生み出す準備ができているのです。
5段階の大雨警戒レベル(今年の5月末から、大雨警戒レベルは5段階になりました)
警戒レベル1:最新情報に注意
警戒レベル2:避難方法確認(大雨・洪水注意報)
警戒レベル3:高齢者など避難(大雨・洪水警報)
警戒レベル4:全員避難(土砂災害警戒情報)
警戒レベル5:命を守って!(大雨特別警報)
このレベルで、園から園児を避難させなければならないのは、レベル3です。園児は「高齢者など」に含まれます。
みなさんも今後、天気予報を意識してみてみると、おわかりになると思いますが、「大雨・洪水警報」は全国各地で頻繁に出ています。そのたびに、園児を限られた職員で避難させるという行為は、それ自体がリスクを伴ってきます。だとしたら、レベル3の可能性があるときには、「はじめから登園させない」というのが、園児のリスクも職員のリスクも減らせる方策なのです。
千葉市が台風で「臨時休園の可能性」を通知
私は先ほど、行政の対応を批判しましたが、そのような中にあって、英断をくだした行政がついに出てきました。今年の7月、千葉市が以下のような通知を保育施設利用者に向けて出しました。「朝6:00の時点で、気象庁等からの「特別警報」等の防災気象情報等、もしくは千葉市からの「警戒レベル3(避難準備・高齢者等避難開始)」以上の避難情報が発令された場合、または首都圏JRが全線計画運休を実施中もしくは朝の通勤時間帯に開始予定など交通麻痺が生じる場合は、臨時休園とします」という内容の文書です。
このように一斉に保育施設が休園すれば、利用者から「あそこの園は開いていたのに、あそこの園は閉まっていた」という苦情もなくなります。地域防災はすべての施設で取り組まなければ意味がありません。「あの園は、どんな台風が来ているときでも開けてくれて助かるわ」という考えは、少し危険だと思います。
みなさんは、毎日、自分たちの子どもの命を園に預けに行っているのです。台風のときにタイムラインが導入されていない園も職場もどちらも時代とともに淘汰されていく存在なのだと私は考えています。