連載「本音で語る、保育園のほんとの話」(第13回)
保育園の危機対応アドバイザー・脇貴志
最近は、保育業界もマスメディアも保育園の質の議論が盛んになってきました。そこで今月は厚生労働省が実施している保育の質の向上と保育士の処遇改善を同時に実現させることを狙いとした制度である「キャリアアップ研修」の問題点をお話したいと思います。
キャリアアップ研修とは
幼保無償化が始まりました。始まるまでは潜在的な待機児童がたくさん出て来て、地域にあふれかえるのではないかなどいろいろなことが懸念されていましたが、今のところは、大きな混乱は見られないようです。この無償化にあわせて保育業界もマスメディアも量の議論から質の議論へ移行しました。
その中でも注目されるのが、保育の質の向上を狙いとした「キャリアアップ研修」です。
この研修は、保育士としての経験年数などの要件を満たした場合に所定の研修を受け、技能を習得することによって、キャリアアップでき、同時に処遇改善も受けられる仕組みになっています。この研修に関しては、平成29年度から厚労省が予算計上しているもので、各自治体が実施主体となっています。
研修分野は、
① 乳児保育
② 幼児教育
③ 障害児保育
④ 食育・アレルギー
⑤ 保健衛生・安全対策
⑥ 保育者支援・子育て支援
⑦ 保育実践
⑧ マネジメント
以上の8分野です。1つの分野の受講時間は15時間程度と定められています。研修を受けるのは基本的に無料です。
キャリアアップ研修制度導入にあたり、園長、主任保育士、保育士に加え、厚労省は3つの新たな役職を新設しました。
A.職務分野別リーダー
<要件>
ア 経験年数おおむね7年以上
イ 職務分野別リーダーを経験
ウ マネジメント+3つ以上の分野の研修を修了
エ 副主任保育士としての発令
<処遇改善>
職員の給与が月額40000円増
C.専門リーダー
<要件>
ア 経験年数おおむね7年以上
イ 職務分野別リーダーを経験
ウ 4つ以上の分野の研修を修了
エ 専門リーダーとしての発令
<処遇改善>
職員の給与が月額40000円増
以上がキャリアアップ研修の概要です。研修により、保育園の質が上がり、さらに働く保育士らの給料もアップできるという一見、保育園にとってはありがたい制度です。しかし、この研修にはいくつかの問題点が存在しています。
キャリアアップ研修の問題点
私どもの会社も「⑤保健衛生・安全対策」の分野で講師依頼をいただき、全国各地で実施しています。その中で感じている違和感をいくつかお話いたします。
1.研修時間が長すぎる
私どもの会社にいただく研修依頼は、通常の安全対策研修であれば90分なのですが、キャリアアップ研修の場合、6時間~9時間でご依頼いただきます。ちなみに昼休みを1時間程度はさみ、1日で6時間~9時間の研修を参加者は受けることになります。研修する側から見ても、人間の集中力の限界を超えた研修時間だと思います。
しかし、1分野あたり、15時間の研修を受けないとキャリアアップしたということで処遇改善しないので、時間をどのように消化するかということが最重要課題になるのは当たり前だと思うのですが、あまりにも長すぎると思います。
2.研修時間中は保育士不在になる
キャリアアップ研修は、平日に集合研修という形式で実施されるものが多いです。もちろん、この時間には研修に参加している職員は保育園からいなくなります。
それだけではなく、研修担当の先生はいずれかの保育園の園長先生クラスも多く、園長先生が不在になる園が出てきます。
私がある地方の研修会場に入ったとき、その会場には200名を超える保育士さんたちが参加していました。私は話しながら「保育士不足とはいいながら、実はあまっているのではないか」と思ってしまいました。この研修に参加させるために、保育園では人員配置をやりくりして参加職員を出しています。研修講師を受けていて言うのもおかしいのですが、研修の設定の仕方には疑問しかありません。
3.この研修を受けてもキャリアアップしない
これが最大の問題点だと思うのですが、キャリアアップ研修を受けたとしてもキャリアアップしないという現実があります。通常、この研修は座学です。一日6時間~9時間、座りっぱなしで講師の話を聞きます。その間、受講者はうとうとしています。それは当たり前だと思います。その研修が終わると、受講者にはレポートの提出が研修主催者に求められます。講師がそれを見て、受講者の理解度を確認することはありません。
つまり、研修時間中、座っていればキャリアがアップしたと認められるわけです。
保育園を利用している保護者の方々はあまりご存知ないと思われる「キャリアアップ研修」なのですが、これも保育の質の向上策の1つとして国がわざわざ予算を割いて実施されていますし、今後も続く予定です。
参加してもキャリアアップにはつながらない「キャリアップ研修」に保育現場の人員を割き、参加させなければ処遇改善できない仕組みになっています。私は、どうせやるなら研修制度ではなく試験制度にすべきだと考えています。職員が処遇改善を望まなければ、試験を受けなければいいわけですし、資格試験の勉強ならプライベートの時間を使って行うので、業務に支障も出ません。
みなさんが通わせている園にも、副主任保育士や専門リーダー、職務分野別リーダーという肩書きがついている職員の方がいらっしゃるかもしれません。その方々は、長時間、研修会場に座っていて、レポートを出しただけですので、あまり過信しない方がいいと思います。
保育現場の職員は、肩書きではなく実力で判断すべきだと考えます。みなさんの見る目の方が肩書きよりも正しいと私は思います。保育の質とは、保育を選ぶ保護者の質ということもできるのではないでしょうか。